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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)232号 判決 1993年5月26日

デンマーク国デー・ケー-2720

バンロセ、インデルトフテン5

原告

ファーマセウテイスク・ラボラトリウム・フェリング エー/エス

代表者

クジエルールフージェンセン・オレ

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

橋本良郎

花輪義男

高山宏志

鷹取政信

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

弘實謙二

磯部公一

田中靖紘

涌井幸一

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第21019号事件について、平成3年3月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、2項同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1980年3月20日デンマーク国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和56年11月20日、名称を「経口投与による潰瘍性大腸炎及びクローン病治療のための薬剤組成物及び方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(昭和56年特許願第501113号)が、平成元年10月3日に拒絶査定を受けたので、同年12月28日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第21019号事件として審理したうえ、平成3年3月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月5日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本願の特許請求の範囲第1項及び第14項に記載されたとおりであり、その第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は次のとおりである。

「経口投与による潰瘍性大腸炎またはクローン病の治療に有用な薬剤組成物であって、実質的に、活性成分である遊離の5-アミノサリチル酸または薬剤として許容できるその塩もしくはそのエステルと、個々の患者の疾病部位に応じて、前記活性成分の有効量の放出を調節し、かつ薬剤として許容できる経口投与可能な担体との混合物からなることを特徴とする薬剤組成物。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明は本願の優先権主張日前に頒布された「The Lancet(1977)10月、第892~895頁」(以下「引用例」という。)に記載された、5-アミノサリチル酸を薬効成分とする薬物浣腸薬剤組成物に関する技術的事項(以下「引用例発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものとし、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載内容、本願第1発明と引用例発明との一致点・相違点の各認定は認める。また、相違点についての検討のうち、担体を工夫して体内の特定の部位で主薬を放出するとの審決指摘の製剤技術が周知であったこと(別添審決書写し5頁1~8行)も認める。

しかし、審決は、本願の優先権主張日当時における当業者の技術水準を看過又は誤認し、その結果、本願発明を想到することに格別の創意工夫を要したとは認められないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願の優先権主張日当時、本願第1発明の薬効成分である5-アミノサリチル酸(以下「5-ASA」という。)又はその塩若しくはそのエステルは、経口投与できない化合物と考えられており、また、それらが潰瘍性大腸炎又はクローン病に対し単独で有効に作用することは確定されていなかった。したがって、担体を工夫して体内の特定の部位で主薬を放出することが広く当業者に知られたところであったとしても、上記化合物を薬効成分とする経口用薬剤組成物に想到することは容易なことではなかった。

(1)  遊離の5-ASAは経口投与するとほとんど全部小腸から吸収されるから、5-ASAは単独化合物としては経口投与に適さないとの見解は、本願の優先権主張日当時の当業者すべてに認められていたことであり、引用例自体にも示されている。

(2)  スルファサラザン(以下「SASP」という。)の治療学的に活性な部位は5-ASAであり、スルファピリジン(以下「SP」という。)は単に結腸で放出するようにするための担体であることが強く示唆されるとの引用例の見解は、本願の優先権主張日当時、一般的に支持されていたわけではない。当時においても、さらにはその後においても、これに反する見解は、以下のとおり広く示されていた。

<1> 「Journal of Chromatography 162(1979)」のフィッシャー及びクロッツの論文(甲第6号証)には、SPはSASP分子の生物学的な活性部分であると考えられていたと述べられている(同号証242頁下から19~18行)。

<2> 「Acta Medica Scandinavica,Vol.206 No.6 1979」のモリン及びステンダールの論文(甲第7号証)は、SPは、アザド・カーン等(引用例)が示唆するような結腸における活性部分を導出するための単なるビヒクルではなく、それ自体で抗炎症の活性を示しうることも明白であると述べた後で、この研究の結果に鑑み、SASPの治療学的な効果は、腸管における炎症性の反応において若干異なりかつ補足的な作用を有する3種の部分、すなわちSASP、5-ASA、SPの共同作用の結果であると考えられると結論付けている(同号証456頁左欄14~20行、左欄下から3行~右欄4行)。

<3> 「Gut,1979,20」のファン・ヒースらの論文(甲第8号証)では、重い大腸炎に付随することが多い下痢の場合に短縮する腸通過時間の影響を研究した結果が記載されており、そこでは、SASPの活性部分としての5-ASAに関して、下痢止め剤がSASPの薬効に影響するか否かを研究することが重要だと述べられている(同号証303頁右欄15~18行)。すなわち、ファン・ヒースらは、活性であると思われている5-ASA部分のみを単独で使用することよりも、むしろ既知のSASP放出パターンに信頼をおいているのである。

<4> 「JAMA,Feb 8 1980-Vol 243,No.9」のカースナーの論文(甲第9号証)は、引用例につき、「スルファサラザンの抗菌能力は限られたものであり、またIBD(炎症性腸病)における治療的な薬効を説明しないこの薬剤の2つの構成部分である5-アミノサリチレート(5-ASA)及びスルファピリジン(SP)のうち、アミノサリチレート部分が治療学的に活性な成分にみえる。しかし、この研究は僅か2週間のものにすぎないからこの問題は解決されていない。またみかけ上実質的な組織的好転がアミノサリチレートまたはスルファサラザンの浣剤を受けた患者に観察されているが、良い結果がでた割合は30%であって顕著なものではない。」と述べ、さらに、「将来の治療学的希望は、5-アミノサリチル酸(5-ASA)とサルフアピリジン(SP)よりも毒性が少ないキャリア分子との結合・・・である。」と述べている(同号証559頁左欄下から22~6行、562頁右欄29~43行)。

<5> 「THE NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Dec.25,1980」のクロッツらの論文(甲第5号証)は、引用例にっき、そこにおける患者の90%は既に経口SASPによる維持治療を受けていたことを指摘し、この治療は引用例の研究の間続けられたので、別の処置の効果との区別を不明確にするものであると述べ、また、上記ファン・ヒースらの研究につき、比較としてのSASPを含んだものでなく、「直腸」における大腸炎を有する患者のみを試験しただけであることを指摘している(同号証1501頁右欄36~49行)。

2  このように、本願の優先権主張日当時、5-ASAの評価に関しては当業者の間で見解が分かれていて、その不安定性のゆえに遊離の5-ASAを単独化合物として使用することは不適当であると考えられ、さらに、経口投与しても結腸に達する前に吸収されると認識されていたため、5-ASAを遊離した単独化合物として経口投与することはできないと強く考えられていた。

このため、当時、当業者の研究は、多数の文献、例えば「scand.J.Gasroent.1980,15」のウイラフバイらの論文(甲第4号証719頁右欄表下6~15行)、上記クロッツらの論文(甲第5号証1502頁左欄11~12行)にも示されているように、SASPのSP部分をより毒性の少ないものに代えた直腸投与用の新規化合物の開発に向けられていたのであり、本願の優先権主張日前、大腸炎又はクローン病の治療のために5-ASAをSASPの構成部分としてでなく遊離の単独化合物として経口投与することの可能性を示唆する文献は全く存在しない状況であった。

このことは、現に、引用例自体、「当面の関心事は、S・A・S・Pの治療活性を有し、その有害な副作用を持たない新規薬剤を合成する実現性である。S・A・S・Pの有害な影響はほとんど全部その分子のS・P部分に起因している。S・A・S・Pの治療効能は、服用量の増加に伴って増加することが見出されたが、その分子のS・P部位から生ずる有害な影響が制限因子となっている。それゆえに、このような不都合を生じない新規化合物を合成することが可能であることが証明されると、S・A・S・Pより良好な治療結果の可能性を伴いしかも副作用はほとんど伴わず、より大量に投与することが可能である。」(甲第3号証894頁右欄下から2行~895頁左欄10行)と述べていることからも明らかである。

当時、このような状況にあったから、担体を工夫する製剤技術をもって薬物の作用部位(体内の特定の部位での主薬の放出)を調節することが周知の技術であったとしても、5-ASAにこのような周知技術を組み合わせてみようとすること自体、考えられないところであった。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  遊離の5-ASAは経口投与するとほとんど全部小腸から吸収されるから、5-ASAは単独化合物としては経口投与に適さないとの見解は、本願の優先権主張日当時の当業者に一般的に認められていたことであり、引用例もこの見解を基に実験を行い論を進めていることは、原告主張のとおりである。

しかし、このことは、遊離の5-ASAはそのまま経口投与しても大腸で作用させることはできないというだけのことであり、潰瘍性大腸炎の治療のためにそれを経口投与することはいかなる形態でもできないことを示すものではない。

薬物を生体に適用する場合、薬物の本来の効力を十分発揮させるための手段として、担体を工夫する製剤技術をもって薬物の作用部位を調節する(体内の特定の部位で主薬を放出する)との、原告も認める審決指摘の周知技術の下では、前記性質を有する遊離の5-ASAであっても、これが潰瘍性大腸炎の治療に有効であるとの認識を前提にする限り、これを経口投与により大腸で放出する薬剤組成物に想到することに、格別の困難はない。

このことは、より具体的に、疾病部位が大腸である病気だけを取り出しても、例えば、1969年3月4日公開の米国特許第3431338号明細書(乙第1号証)、1974年1月8日公開の米国特許第3784683号明細書(乙第2号証)に示されるように、それを治療するために、大腸で主薬の放出が起きるように経口投与用の薬剤組成物を設計することは、本願の優先権主張日前によく知られていたところであることを考慮に入れると、一層明らかというべきである。

2  本願の優先権主張日当時、5-ASAの薬効につき原告主張のような種々の見解があったとしても、それらは、いずれも、5-ASAに薬効があるとの限度では、引用例の示唆を肯定するものではあっても否定するものではなかった。

(1)  原告主張の各文献(甲第5号ないし第9号証)に原告主張の記載があることは認める。ただし、クロッツらの論文(甲第5号証)には、原告指摘の事項のほか、5-ASAが潰瘍性大腸炎の治療に有効であることを見出したこと、同様の結果がカーンらの試み(引用例)に見られること、ファン・ヒースらのよく計画された研究によると、5-ASAはSASPの活性部位であるらしいが、その研究にはSASPが含まれていなかったので、国際的に認められている標準的な治療法と比較することはできないことも記載されている(同号証1501頁右欄36~49行)。

(2)  上記各文献によれば、本願の優先権主張日当時、SASPの治療学的に活性な部位は5-ASAでありSPは単に結腸で放出するようにするための担体であることが強く示唆されるとの引用例の見解のうち、SPが単に担体であるかどうかについては意見が分かれていたことは、原告主張のとおりである。しかし、これらの文献中にも、5-ASAが結腸における潰瘍性大腸炎に対して活性を有することを肯定する見解は見られるが、これを否定する見解は見られない。したがって、引用例の上記示唆につき、5-ASAがSASPの治療学的に活性な部位であるとの限度においては、これらの文献を根拠に、当業者に一般的に承認されていたわけではないとか、それに反する見解も広く示されていたということはできない。

3  本願の優先権主張日当時、SASPのSP部分を他のものに代えた副作用を伴わない5-ASAの誘導体を開発しようとする開発指向が存在していたことは原告主張のとおりである。しかし、そのことは、5-ASAの薬効活性を何ら否定するものではなく、むしろ肯定するものであり、また、審決指摘の周知の製剤技術を5-ASAにつき採用した薬剤組成物に想到することの困難性に結びつくものでもない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願第1発明の有効成分である遊離の5-ASAは経口投与するとほとんど全部小腸から吸収されるから、5-ASAは単独化合物としては経口投与に適さないとの見解が、本願の優先権主張日当時、当業者に一般的に認められていたことであり、引用例もこの見解に基づいて、SASP、5-ASA、SPを各々薬物浣腸製剤の形で投与する実験を行い論を進めていることについては、当事者間に争いがない。

原告は、このことをその主張の論拠の一つとしているが、5-ASAは単独化合物としては経口投与に適さないとの見解の根拠が、他ではなく、経口投与するとほとんど全部小腸から吸収されることに求められていた以上、5-ASAの経口投与に関連して上記見解から導かれるのは、遊離の5-ASAはそのまま経口投与しても大腸に作用させることはできないからその経口投与は大腸の疾病の治療にとって意味がないということだけであって、大腸の疾病の治療のためにこれを経口投与することがいかなる形態でも不可能であるということではない。

他方、薬物を生体に適用する場合、薬物の本来の効力を十分発揮させるための手段として、担体を工夫する製剤技術をもって薬物の作用部位を調節する(体内の特定の部位で主薬を放出する)との審決指摘の技術が本願の優先権主張日当時周知であったことは、当事者間に争いがない。

主薬を放出する体内の特定部位を大腸とした経口投与用薬剤組成物としても、例えば、乙第1号証により認められる1969年3月4日公刊の米国特許第3431338号明細書に開示された、薬効成分が小腸の下部又は大腸の一部である結腸内で放出されるように、薬効成分を芯物質とし、3種類の性質の異なる被覆物質の層により芯物質を被覆するとの形で担体を工夫した経口投与用薬剤組成物、乙第2号証により認められる1974年1月8日公刊の米国特許第3784683号明細書に開示された、薬効成分が大腸内で放出されるように、薬効成分を芯物質とし、phの値により溶解することがなく、経過時間により溶解の程度が決まっていくようなものにより芯物質を被覆するとの形で担体を工夫した経口投与用薬剤組成物があり、このように、具体的に疾病部位が大腸である疾病に限ってみても、それを治療するために、大腸で主薬の放出が起きるように経口投与用の薬剤組成物を設計することは、前示周知技術の一端として本願の優先権主張日前既に知られていたところである。

2  引用例に、潰瘍性大腸炎の治療に用いられるSASPの治療学的性質につき、実験の結果と、それに基づく「SASPの治療学的に活性な部位は5-ASAでありSPは単に結腸で放出するようにするための担体であることが強く示唆される」旨の見解が記載されていることは、当事者間に争いがない。

3  1、2に述べたところを併せ考えれば、本願の優先権主張日当時、上記周知技術の下で、引用例においてSASPの治療学的に活性な部位であることが強く示唆されるとされている5-ASAに着目し、上記周知技術を5-ASAに適用して、引用例発明の薬物浣腸薬剤組成物に代わるものとして大腸の疾患部でそれを放出する経口用の薬剤組成物に想到することは容易であったといわなければならない。

4(1)  この点に関し、原告は、5-ASAの薬効についての引用例の見解は、当時一般的に支持されていたわけではない旨を主張する。そして、確かに、原告の挙げる各文献と弁論の全趣旨とによれば、当時、SASP中のSPの役割については意見が分かれており、5-ASA単独でSASPと同じ薬効が見られることが一般的に承認されていたわけではないと認めることができる。

しかし、同時に、上記各資料によれば、当時、SASP中の5-ASAの薬効自体を否定する見解はなく、また、5-ASAが単独ではSASPと同じ薬効を示さないことが一般的に認められていたわけでもないことも、認めることができる。

そうとすれば、当時、当業者にとり、5-ASAが単独で薬効を示すのではないかと考え、それに着目した薬剤に想到することに、格別の困難はなかったはずである。原告の主張は、ある物質の薬効が一般的に承認されない間は、たといその薬効を示唆する事項があっても、その薬効を前提とする薬剤に想到することは困難であるということを前提にするものであり、この前提は認められないから、採用できない。

(2)  次に、当時、5-ASAの薬効を前提にSASPのSP部分を他のものに代えた副作用を伴わない5-ASAの誘導体を開発しようとする開発指向が存在していたことは、当事者間に争いがない。しかし、このことは、本願発明に想到することの困難性の裏付けというより、むしろその容易性の裏付けとなるというべきである。

まず、上記指向の存在は、5-ASAの薬効を前提にしなければありえないことであるから、5-ASAに対する着目の度合いを強める働きがある。

また、上記指向は、従来使用されてきたSASPからSPの要素を除去したものの発明の必要を物語るものであるから、この必要を満たす一態様である本願発明にもつながる要素が大きいといわなければならない。

(3)  さらに、当時、5-ASAを遊離の単独化合物として経口投与することに着目した文献が存在しなかったとの原告主張事実も、上記判断を左右する事情とすることはできない。上記内容の文献が存在しないということは、必ずしも、その内容を考えた者がいないこと、あるいはその内容を考えることが困難であることを意味せず、また、ある目的を達するために複数の方法が考えられる場合、そのうちのどれから始めるかは種々の要素で決まることであり、ある方法が最初に検討されなかったとしても、その理由が常に必ず発明に想到することの困難性にあるということにはならないからである。

(4)  その他、上記判断を覆すに足りる事実は、本件全資料によっても認めることができない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

平成 1年審判第21019号

審決

テンマーク国 テー・ケーー2720 バンロセ、インテエルトフテン5

請求人 ファーマセウテイスク・ラボラトリウム・フェリング エー/エス

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号

代理人弁理士 鈴江武彦

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号

代理人弁理士 村松貞男

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号

代理人弁理士 花輪義男

昭和56年特許願第501113号「経口投与による潰瘍性大腸炎及びクローン病治療のための薬剤組成物及び方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和56年10月1日国際公開WO81/02671、昭和57年3月11日国内公表特許出願公表昭57-500432号)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和56年11月20日(優先権主張1980年3月20日、テンマーク国)の出願であって、その発明の要旨は、平成1年1月19日付け手続補正書で補正された明細書の記載からみて、特許請求の範囲第1項及び第14項に記載されたとおりのものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下第1発明という。)は、次のとおりである。

「経口投与による潰瘍性大腸炎またはクローン病の治療に有用な薬剤組成物であって、実質的に、活性成分である遊離の5-アミノサリチル酸または薬剤として許容できるその塩もしくはそのエステルと、個々の患者の疾病部位に応じて、前記活性成分の有効量の放出を調節し、かつ薬剤として許容できる経口投与可能な担体との混合物からなることを特徴とする薬剤組成物。」

これに対して、原査定の拒絶の理由において引用された本出願の優先権主張の日前に頒布された「The Lancet(1977)10月、第892-895頁」(以下、引用例という。)には、“スルファサラザンの治療的に活性な部位を決定するための実験”と題する論文が掲載されており、そのSummaryの項には、<1>スルファサラザン(以下SASPという。)は、潰瘍性大腸炎の治療に用いられるものである旨、及び、SASPは経口で投与すると、そのほとんど全部は  ままで結腸に達しそこでバクテリアによりスルファピリジン(以下SPという。)と5-アミノサリチル酸(以下5-ASAという。)に分解することが、また、Introduction、及びResultsの項には、<2>治療学的性質はSASPそれ自体によるのかあるいは2つの主な代謝物によるのかを決定する実験(SASP、5-ASA、SPを各々薬物浣腸(retention enemas)製剤で投与。)及び5-ASAが潰瘍性大腸炎の炎症をおこした粘膜に対してSASPと同様な効果があることを示す結果及び上述の薬物浣腸製剤の形で投与する理由についてはSPと5-ASAは経口投与すると、ほとんど全部が小腸から吸収されてしまい経口投与は不適当であると考えられるのでそれに代る方法と   記方法を採用する旨の記載(第893頁、左図第9-15行)がある。

又、Discussionの項には上記実験の結果<3>SASPの治療学的に活性な部位は5-ASAでありSPは単に結腸で放出するようにするための担体であることが強く示唆される旨(第894頁右欄下から14行一下から11行)の記載がある。

そこで、本願第1発明と、引用例に記載されている技術的事項を比較すると、両者は、薬効成分が5-ASAである潰瘍性大腸炎治療用の薬剤組成物である点で一致し、前者が経口投与用のものであって、個々の患者の疾病部位に応じて前記活性成分の有効量の放出を調節し、かつ薬剤として許容できる経口可能な担体をもつものであるのに対し、後者は、肛門から投与される薬物浣腸投与用のものであって、そのための担体をもつものである点で相違している。

次に上記相違点について検討する。

一般に、薬物を生体に適用する場合、薬物の本来の効力を十分発揮させるようにすることは当業者が医薬の開発に当って通常考慮しているところであって、そのための手段として、薬理活性を持つ成分を化学的誘導体にすることの外に、担体を工夫する製剤技術をもって薬物の作用部位(体内の特定の部位での主薬の放出)を調節することは広く当業者に知られたところである(たとえば、高木都次郎監訳「ドラッグデザイン」株式会社廣川書店、昭和52年12月10日発行、第92頁;仲井由宣外1編「製剤学」南山堂、 1977年10月15日発行、第317-323頁 内藤俊一著「錠剤 薬剤学大系Ⅲ」廣川書店、昭和52年4月25日発行、第188頁参照。)。

してみれば、疾患部である結腸に存在すれば有用であるが(前記<1>及び<3>参照)、その前の小腸での吸収が知られている(同<2>参照)5-ASAにつき、引用例に記載されている桑物浣腸薬剤組成物に代えて、結腸の疾患部においてそれを放出する上記製剤技術を採用した経口用の薬剤組成物を想到することに格別の創意工夫を要したとは認められない。

そして、本願第1発明の奏する効果は、前述の引用例及び周知技術より期待される範囲のものである。

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明及び周知技術に基ついて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受げることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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